514 僕が映画というものにのめり込んだのは名古屋へ越して来た中学生の時。シネマテーク〜ちくさ正文館。僕が古田さんと出会うのは必然だった。僕は即興映像表現をするようになり、実験映像作家としての古田さんにふれることになった。古田さんの映像はどんな実験的な表現をしても、映画だと僕には感じられた。つまり、始まりがあり、終わりがある。うつろいゆく表現は映画の編集という古田さんの映画体験からくるものだと感じた。今池祭り2024で古田さんのピンチヒッターとして映像表現をしたときに古田さんは車椅子を押されながら、全てを観てくれた。あまり動かない頭部から確かにそれを感じていた。彼の頭の中で編集が行われている。 祭りのあと、古田さんにそれを伝え、一緒に映像やりたいと伝えた。手を握って小さな響きでいつものように「またね〜」と、応えてくれた。あとで聴くと奇跡的にその夜は出歩けるようになったそうだ。 古田さんはちくさ正文館での仕事も映像表現も今もやっていると思う。編集作業は〆切がないと永遠に続くものだから。 古田さんは今も映画を作っている。 匿名さん2024/10/20 13:521