910 >>908 ⚫なぜ「執着」してはいけないのか? 例えば「真実の愛情」と「執着」、 例えば「あきらめない気持ち」と「執着」は線引きが難しいという質問をよく受けるのですが、 自分の愛情に目がくらみ、相手の幸せを考えられないのは「執着」ですし、 俯瞰して自分の立ち位置を冷静に見定める見ることもせず、やみくもに続ける努力は人から応援されづらく、「執着」に映ることでしょう。 自分ひとりで、誰にも迷惑をかけずに遂行するなら問題ありませんが、「執着」は、強ければ強いほど、対象者や仲間、生活を共にする人にとっては少なからず負担や迷惑がかかるものです。また、自分自身にとっても「執着を手放さない」弊害はあります。 執着真っ最中の人間というものは、それを「純粋な愛」「不屈の精神」だと思い込もうとします。 なぜなら、そのほうが自分にとって都合が良いから。自分を正当化できるし、自分自身深く傷つかないからです。 「本当は独りになるのが不安」 「自分に才能なんてない」 というような絶望的な気持ちを自分に対して巧妙に隠したい時、人は視野狭窄に陥り、美しくパッケージ化しようとします。 匿名さん2022/05/04 16:25