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キュウちゃんと語ろう 464
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冬場の最低気温のマイナス記号は省略でつ😀
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>>13
ッてか、日本の国内事情では、エイブラムスにしろチャレンジャーにしろレオパルドにしろ、総重量60tオーバー、ヘタすりゃ70t近いヘビー級のMBT(メインバトルタンク)は、戦術機動は出来たとしても戦略機動は多大な制約あるからな
兵器ッてのはいくら性能が優秀でも、必要とされる時(戦闘時)に必要とされる場所(戦場)になければなんの意味もない
なので国産戦車は最も重い90式ですら50tに抑えてるが、その90だって対ソ/露の着上陸対処用として事実上北海道専用、本州以南で運用しようとすると車体と砲塔に分けてトレーラーに積まないと移動が困難
南西重視の戦略に対応した10式は本体装甲を削って本体重量を2世代前の74式とほぼ同等の40tに抑え、不足する防御力は脱着可能なモジュラー装甲で戦闘時48tに収めてる
自衛隊が専守防衛·国内運用の方針転換して外征軍隊にでもならない限り、或いは技術革新進んでで日本国内のインフラでも戦略機動可能で且つヘビー級戦車と同等の能力有した海外戦車でも開発されない限り、日本が戦車を輸入するに可能性は甚だ低いだろう
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>>19
お、忘れてた(笑)
あすこは、見学するときに前にミニスカートのチャンネーがいるとトキメいちゃうんだよな、何せ階段が急だから
↑
これは犬山出身の同期の弁(笑)
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>>13
ッてか、実は、日本国内での運用に最も適してるかもしれない海外製戦車は、露西亜のT72系列だったりするのだが(笑)
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戦後国産戦車第1世代
61式戦車
重量35t、主砲口径90o、砲塔前面最大装甲厚114o、防盾装甲厚125o、車体前面装甲厚50o(下部)40o(上部)
砲塔装甲はそこそこだが、車体の装甲は大戦前半の戦車並み
これは塹壕にダックインして車体を隠し、被弾経始の良好な砲塔上半分だけを晒して敵を待ち伏せするタンクデストロイヤー的な運用を主に考えていた為、と言われる
それでもT62の115o滑腔砲は無論、開発当時の仮想敵·ソ連のT54/55系列の100o砲の直撃食らったらかなりの確率で貫通しちゃうんだけどね
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マイナー城郭よりは田県神社の方が有名かもな。
オチンポシュライン。
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チンポ田縣神社と国宝犬山城に一票!😆
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▪️国宝犬山城
豊臣秀吉が生誕した1537年に織田信長の叔父・信康が砦を改築した城。その後、石川貞清が改修した「犬山城」も、国宝に指定された愛知が誇る歴史スポットです。北に木曽川が流れている、小高い山の上にある犬山城。城門をくぐると国宝指定の評価に違わぬ、高く雅な天守が眼前に現れ、多くの観光客がその存在感にただただ圧倒されます。現存天守12選は伊達ではなく、愛知でお城めぐりといえば間違いなく訪れておくべき歴史スポットです。
築城時からの木材は、歩くとミシミシと木のきしむ音が何とも言えず、床の木材の隙間にも歴史の重みを感じさせてくれます。そして、最上階に登ると、望楼型の天守から愛知の風景を一望。様々な方向から城下の様子を見るために天守最上階にはぐるっと回廊が残されており、城下を流れる木曽川、御嶽山や岐阜城などの愛知の自然と歴史が調和した絶景を見ることができます。
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戦後国産戦車第2世代
74式戦車
重量38t、主砲口径105o、防盾装甲厚195o、車体前面装甲厚80o(いずれも接合部溶接痕などからの推定値)
61式も低姿勢·傾斜装甲により良好な避弾傾始だったが更に低シルエット化を進めると共に、砲塔式戦車としては世界初のハイドロニューマティック(油気圧式)サスペンションを装備、車体全体を前後に6度ずつ、左右に9度ずつ傾ける姿勢制御が可能
これにより遮蔽物の陰からの射撃や稜線射撃(地形の起伏の頂点から砲身だけ出して撃ちおろす射撃)が更に容易となった
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森爺がまたなんかゆ〜とるぞ
こいつ、マヂ老害やな
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▪️蛇池神社 (名古屋市西区)
『信長公記』では「あまが池」となっているエピソード。
ある時この池のほとりで大蛇が目撃された。村人の噂を聞いた若き日の織田信長は、周辺の村人達に池の水を全て汲み出すように命令し、大蛇を探したものの見つけることが出来なかったという。
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