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キュウちゃんと語ろう 399
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サムキュウキュウ
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愛人クラブに登録する女
・容姿に自信がある
・若い
・お金に執着がある
・依存症体質
649
高岡
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旧加越能鉄道線、現万葉線に乗りまつ
ちょうど“ドラえもん”電車が到着
651
車内にもドラえもん
高岡は藤子不二雄の出身地
上京してトキワ荘に入居するまでここでマンガを執筆、投稿していた
無論、トキワ荘は
“漫画の会社が借り上げていた”
アパートには、あらず
652
車内一面、ドラえもん
653
>>651
手塚治虫は昭和27年に上京して最初は東京都新宿区四谷の八百屋の2階に下宿していたが、やがて昼夜を問わぬ編集者の出入りの激しさについて八百屋の主人から苦情を言われるようになった。この時、手塚は、学童社の加藤謙一の次男加藤宏泰から、宏泰の住む新築アパート「トキワ莊」へ入居するように誘われ、昭和28年の初頭に住人となった。これを皮切りに、学童社が自社の雑誌に連載を持つ漫画家の多くをトキワ荘へ入居させた。最も多い時期には7、8名の漫画家が居住し、またその仲間の漫画家も出入りするようになったため、「マンガ荘」というニックネームまで付けられた。
才能ある漫画家たちがトキワ荘に集まった背景には、寺田ヒロオの「空いた部屋には若い同志を入れ、ここを新人漫画家の共同生活の場にしていきたい、新人漫画家同志で励まし合って切磋琢磨できる環境をつくりたい」との思いがあった。このほかに「漫画家が原稿を落としそうになった際、他の部屋からすぐに助っ人を呼べる環境が欲しい」という編集者側の思惑と「他の漫画家の穴埋めでもいいから自分の仕事を売り込む機会が欲しい」という描き手側の利害の一致もあったとされている。
654
ドラえもん電車、車内両替機故障の為、車輌基地隣接の米島口で運転打ち切り
この先は運転士からの連絡受けてスタンバイしてた旧型車の予備車輌が引き継ぎ
655
>>653
何れにしろ
“漫画の会社が借り上げていた”
などとゆ〜事実は、ない
デマ
出鱈目
嘘っぱち
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実質は学童社という出版社の借り上げのような形やん。当時は一般家主が建てたアパートの賃貸の契約に、借り上げという形はまずなくて、当初は他の一般住民がいたかもしれないが、次第に学童社の紹介のもと、アパートの住民は漫画家やアシスタントで埋まり、最終的には一棟まるごと借り上げのような状態になったのではいか。
このアパートは、建築前からそいう構想で借り上げ社宅のような話で建てたアパートではないようだし、会社が一般家主から個別に部屋を借り上げるという形は当時はなく、次第に実質、借り上げアパートのようになっていったと思われる。だから、トキワ荘は次第に学童社の紹介の漫画家で埋まり最後は借り上げアパートになったというのはあながち間違いではないのでは?会社契約なら、入居審査も要らず、即入居できるし。一般契約なら普通は無収入の漫画家は入居の審査の段階で落ちるよ。笑
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>>655
昭和27年だから、アパートの契約にそういう発想はないだろうし、あくまで個別で入居だったのだろうが、高度経済成長に入り、一般家主の木造アパートでも会社が借り上げる形態が現れ、次第に定着していった。
その流れから、アパートの家主も家賃を取りっぱぐれる事がない、会社との契約に変更する事は、双方にとってメリットしかない。
だから、最終的にはそうなった可能性が高い。
さすがに漫画ではそんなアパートの契約内容まで触れる必要もないし、演出上いらない部分になる。あまり夢やおもしろみのある話じゃないから。
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