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エンタメのひろば 70
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スタン・ハンセン
ラリアットの元祖。
猪木(NWF)と馬場(PWF)の両トップから団体の看板タイトルを奪取した功績が光る。
ハンセン独特の雄叫びの発音が「ウィー!」ではなく「Youth(ユース=青春、若さ)」だったとの本人談は、古くからのファンに軽く衝撃を与えた。
083
『水曜スペシャル』
は後進のテレビマンたちにも影響を与えた。
そして、実際に探検家になった人物もいる。
我々は遂に高野秀行と会うことができた。
高野は早稲田大学探検部在籍中に『幻獣ムベンベを追え』でデビュー以来、四半世紀にわたって世界の辺境を舞台に活動を続けるノンフィクション作家である。
トルコの巨大水棲獣ジャナワール、中国湖北省に棲む野人、アフガニスタンの凶獣ペシャクパラング。
数えきれないほどの未知の動物を探し続けてきた。
高野秀行は『水曜スペシャル』に感化されたことも公言している。
川口浩探検隊をやりたくて探検部に入り、本当に“本当のこと”だけを求める人生を歩んできた。
(・_・)
084
✌(^o^)
085
ジュリーがいた
1984年大晦日の紅白歌合戦で、沢田研二は番組中盤に登場した。
噴水のあるセットをバックに、瀟洒な飾りで彩ったピンクの衣装を着けたジュリーが「AMAPORA」をワンコーラス歌い終わったところで、爆発音が鳴り、左胸からラメの紙吹雪と赤い液体が流れ出す。
紙吹雪は舞い上がり、赤い液体は顔にまで飛び散って、ピストルで撃たれた美しい男をいっそう美しく見せた。
渡辺プロダクションドラマ部にいて、沢田プロジェクトのチーフだった吉岡力は、ジュリーがなぜ紅白でカバー曲である「AMAPORA」を歌うのかが、腑に落ちなかった。
(・_・)
086
■他の選手とどこが違っていましたか?
◆アントニオ猪木は所作がカッコよかった。
動きにしても、倒れたところからの起き上がり方にしても、しなやかさがあったからね。
他の選手はみんな野暮ったいんだけど、猪木はシャープなんだよ。
□しかも、他の選手はみんなオジサン面なんだもん(笑)
馬場を応援しているけど、やっぱり猪木は他の選手とは違うんだよね。
俺なんかは猪木以外だと日本人よりも外国人を見ていた方だけど、彼らは野暮ったさがなくてスマートだったから。
◆そうそう、外国人と同じ感覚で見られるのがアントニオ猪木でしたよね。
コブラツイストもそうだけど、使う技も全然違ったし、多彩だった。
(・_・)
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ドラHOT
清原和博 ✕ 立浪和義
(・_・) しどろもどろなしゃべりが正常に戻ってきた清原さん
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089
ソフトバンク 甲斐 契約更改
単年契約 打率180.
現状維持の2億1000万円
(´Д` )
090
どらほっと 清原
中日はサッカーチームみたい。
1点づつしか点が入らない。
(´Д` )確かに
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>>85
ジュリーは大御所演歌歌手みたいにヒット曲を繰り返し歌いたく無いからだな。
092
谷沢健一
「電話でよければお話させていただきます」
と言われ、まさかと思いながらも中日の明治大学閥について尋ねた。
「中日が明治閥なのかどうかはわかりません。ただ僕が入団した頃、明治出身のあまっさん(天知俊一)が明治出の選手を誘った経緯があって、確かに明治が多かったです。あと東海地区から明治に入っている人が多かったので、あまっさんの元でやろうかなと集まってきたんです。僕が中日に入ったときに、中日新聞社の社長から『お前さん、中日一家によう入ってくれたな』という言葉をいただきましたよ。中日一家ですよ。そういう感覚ですね」
(・_・)
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