119 公認料は自民党の場合、全国区一千万円、地方区五百万円である。この総額は六億六千万円にのぼるものであった。もちろんこれだけで選挙はできるものではない。 すでにマスコミが一億円単位で 五当四落と伝えているような状況であった。五億円ならば当選できるが四億円使っただけでは落選、ということである。いつの選挙の場合でもマスコミは三当二落とか あるいは六当五落とか書くのがつねである。 やや興味半分に数字をふくらます癖がマスコミにはある。それでいて一方では 選挙に金は使うべきでない、という論調を展開する。しかし今度の参議院選挙の場合、巨額な費用がかかることは避けられなかった。 それはいわゆる事前運動に臨んでもポスター、新聞、ハガキなどの広報宣伝活動が きわめて活発になってきたからである。印刷費、人件費などの高騰のためでもある。 たいていの候補者は すでに事前運動として自分の顔写真とスローガンを入れたカラー刷りのポスターを作り ベニヤ板に貼りつけて街頭に貼りまくっていたが、このベニヤ板貼りのポスター一枚が約七百円はかかるのであった。 全国区の場合には これを全国にばら撒くわけである。 戸川猪佐武2018/10/02 22:00
120 十万枚程度では人目を惹くまでにはならないので 二十万枚を作るのが普通といわれた。これだけで七千万円から一億四千万円の金が消えてしまう。運動用のハガキにしても ばかにならない。全国区の場合、すでにこの一年から半年にかけて多くの候補が少なくとも百万枚以上のハガキを有権者に配っていた。印刷代を含めてハガキ一枚が十五円であるとしても 千五百万円はかかっている勘定である。「全国区は『残酷区』」といわれた所以である。 金が要るのは自民党ばかりではない。 公明党なども木に白ペンキを塗った後援会の立て看板を一県に一万本くらい立てていた。一本一万円見当で 合計一億円はかかっている。この金は地区の党員が一人千円の率でカンパをしたという。 共産党は昨年の4月ごろから早くも立候補予定者の名前の入ったビラを県下一斉に貼りまくって このポスターが切れたことはなかった。 社会党はまた前年の8月、各候補者の後援会作りを完全に終わって派手に運動をしている。党全体としてはすでに三、四億円は使ったと噂されていた。 たしかに各党とも今度の参議院選挙ほど金を使った例はいままでにはなかった。 戸川猪佐武2018/10/02 23:00
121 自民党の場合には 主流派の中では全国区候補に一億円、地方区候補には二千万円出したという話も流れていた。 野党にしても、社会党の場合には労働組合出身の全国区候補の資金は その出身労組の負担、党や総評からの交付、後援会支持者からの陣中見舞などを集めていた。総評の中の日教組では全国区二名の候補者を立てたが、一人に対する出資金は前回の千五百万円の倍にあたる三千万円をすでに醵出していた。どうみても全部で四億円を必要とする状態であった。 共産党の場合には、ある消息通が「なにしろ共産党の資金は正式に届け出られたものだけでも47年が五十一億六千万円で自民党に次いで二位。今度の選挙前に神奈川県下では 共産党とその関係団体が演説会を開催する宣伝のために 一時間四万円もとられる軽飛行機をチャーターし 三日間延べ九時間も飛ばしていた。随分派手に金を使うものですな」とさえいっていた。 が、おいおい「保革逆転はあり得ない」という観測がマスコミにも政界にも強まってきた。それは田中をはじめ自民党の攻勢の盛り上がり、野党の連合のもろさなどから生まれてきた観測であった。 戸川猪佐武2018/10/03 00:00
122 参議院選挙が終盤戦に近づいたころのある夜、福田蔵相は世田谷の私邸から渋谷南平台にある三木副総理の私邸に電話をかけた。 「……最近の政情を見ると 私としても考えざるを得ない点が多いな。そのさいたるものは君の指摘した金権政治だよ。党将来のためにも党近代化と改革が必要だ」 「あんたも賛成してくれるかね」と三木は答えた。 「同志として君と党改革を推進したい というのが近ごろの心境だよ」 その言葉に三木が胸を躍らせている様子が福田には想像できた。福田はかぶせるようにしていった。 「そこで極秘でだね、君と話がしたいんだ。これが露骨になると田中君も気にするだろうし、マスコミもとやかくうるさいからな」 「結構だね」 三木の声が久しぶりに弾んだように福田には聞こえた。 「ぼくは重大決意をしとるよ」 福田は三木と顔を合わせるなり、のっけからそのようないい方をした。永田町界隈の目立たないが古い格式のある料亭の一室であった。そういう福田の胸のうちを三木は眼鏡を通してのぞき込むような表情になった。三木としては福田のいう重大決意とは ― 適当な時期をみて蔵相を辞任することか? と受け取れた。 戸川猪佐武2018/10/03 22:00