「空想モンブラン」その1

昼過ぎに目覚めた俺は簡単に身支度をしてキッキンへ向かった。

歴史的作家の村上A I春樹なら、ここでパスタを茹でカルボナーラでもこしらえるのだろうが、俺は冷蔵庫から生卵を取り出し和製カルボナーラを作る事にした。

炊飯器の白飯を器に盛り、そこに生卵をかち割り、和製ソースかける。仕上げは藁の中で朽ちたビーンズを乗せて完成だ。

人はこれを納豆卵かけ御飯と呼ぶらしいが、俺はこれをエッグナットゥーラと呼んだ。

普段テレビを見ない俺はレディオのスイッチをオンにした。

村上A I春樹ならここで粋なジャズが流れるのだろうか。そんな事を考えながらエッグナトゥーラに刻んだチーズをオンした。

今日は快晴だ。レディオからローリーングストーンズのスタンドミーアップがオンエアーされる頃には、食事を終えアフタヌーンティーを楽しんでいた。

もう一度、手紙の続きでも書くか。

この万年筆は実に描き心地が良い。

時折まとわりつく猫が再び黒インクを倒しやしないかと心配したが、猫は心配させるだけで、黒インクの前には近づかなかった。

なかなか優れものだ。

「空想モンブラン」その2

何やら外が騒々しい。
こんな時間にデモ行進か？

ベランダに出ると、青年将校に扇動された群衆が何やら叫んでいた。

これでは外に出られない。スターターの購入は明日にしよう。

再びキッキンに立った俺は片手で5個の生卵をかち割り、たっぷりと蜂蜜が乗ったフレンチトーストを秒で作り、それを頬張りながら外の様子を眺めた。

群衆は次第に大きな塊となり、宮殿のほうへ行進を始めた。

やれやれ…

俺は再びベランダに出て、道路の向こう側にあるビルの屋上に設置された《アレの大看板》めがけて生卵を投げた。

「空想モンブラン」その3

世界を統一しかけている多国籍企業、「アレ社」

生卵は巨大モニターの左端をかすめ、そのまま下に落下し、ビルの屋上に落ちていたゴムボールに命中。コロコロコロと転がり出し、らせん状の非常階段から下階に向かう。

勢いがついたボールは踊り場でバットの素振りをしていた少年の前で飛び跳ね、バットの芯で捉えられたボールは隣のブロックにある市場まで飛んでいった。

まるでピタゴラスイッチだ。

生鮮市場に勢いよく落ちたボールは林檎を積み上げた箱の山に落ち、大量の林檎が次々と坂道を転がり始めた。

そして、宮殿に向かっていた群衆の塊の中に坂の上から大量のリンゴが流れ込んだ。

薬剤耐性ついてきたようだな、この害虫は。

「何も知らないのね。カルボナーラには粗挽き胡椒でしょ。」

昨晩ナンパした行きずりセックスして泊まっていった女はあきれて吐き捨てるように言って、コーヒーを一人で淹れて飲んで帰っていった。

僕の分は無かった。

一人残された僕は、ギンギンに勃起した。

彼女の白い艶のある肌とスラリと華奢な四肢、膨らみの小さな胸の上で不格好に硬く大きくなった乳首、ぬめりしたたる下腹部の秘部。
昨晩の感触を思い出しながら、一人で射精した。もうきっと彼女とは出会うことはないのだ。

「空想モンブラン」　その4

群衆は狭い坂道に雪崩れ込み、雪だるまのように転がり出した。

いったいどこへ向かうのか？丘の上にある宮殿なのか、街の中心にある駅なのか、谷の向こうにある沼地なのか。

俺は冷蔵庫から取り出したボトルのミネラルウォーターをがぶ飲みし、消えかけた太古の記憶を呼び覚まそうとしたが、剥き出しになったままの脳内スマホでは遡る事ができず固まってしまった。

これじゃあまるで古典の悲劇「石になった男」だな。

俺はソファーで寝ていた猫を抱き上げる代わりに文字信号を発した。

「アアネムタイネムタイ」

「空想モンブラン」　その5

どのくらいうたた寝をしたのだろうか。

目覚めた俺は、久方ぶりにテレビの電源を入れてみた。

「この国の平均寿命が遂に120歳を超えました。」とニュース番組のキャスターが淡々とした口調で原稿を読み上げていた。

そして頭の禿げ上がった解説者らしき男が、「ここまで寿命が伸びたのは、生命維持装置を発明したアレ社のおかげ」と得意げに話していた。

ピアノによるクラシックの演奏が流れ、コマーシャルが始まり、最先端企業のロゴをバックに、透き通った瞳の美女が語りかけている。

「体は滅びても貴方の脳と五感は私たちの施設なら200歳まで生きながらえます。」

外はすっかり陽が落ちていた。窓を開けると冷たい空気が流れ込んできた。

アレ社の巨大モニターの下では、ビルとビルの隙間にある屋台で買った熱々の焼き芋を分けて食っている親子がいる。

雪崩を打つように転がっていった群衆は林檎を追いかけどこに向かったのか。ニュースにはなっていないのだろうか。

そんなことを考えていると机の上の木彫りのフクロウが瞬きをして口を開いた。

「ホウホウお客さんですよ。」

「空想モンブラン」　その6

テレビ画面を玄関モニターに切り替えると、そこには胸元がパックリ空いたドレス姿の美女が立っていた。

どうせデリバリーのヘルスケアの飛び込み営業かなんかだろう。

「うちは間に合ってますよ。」

するとモニター越しに女はこう言う。

「私はあたなに会うためにここへ来ました。」

妙に色気のある声だ。しかもどこかで見たことがある気がする。

「ホウホウ。セキュリティーチェックは通過済みですよ。」とフクロウが呟く。

脳内スマホを剥き出しにしたままの俺は考えた。まぁ、たまにはアリかも…

「で、単価はいかほどに。」

すると女は困った表情で言った。

「単価だなんて。私はボランティアです。」

またとんでもないセールストークだなと思ったがなぜかフクロウは開錠し、その女を招き入れた。

「ホウホウ、中へどうぞ。」

そして目の前にはさっきコマーシャルで見た美女が立っていた。

剥き出し頭のキャパシティを遥かに超えた展開だ。

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