小坂は既に外相を務めたことがあり、いくたびかの閣僚の経験をもっている。また三木おろしの中にあっても三木擁護の側に立っていた。そこで三木は小坂を外相に欲しかったのである。これに対して大平は厭な顔をした。小坂は反大平になっていたからだ。しかし三木は小坂外相で押し切った。
三木と福田との間では早川崇の起用について対立があった。早川その人は、戦後の国民協同党では三木委員長のもとで書記長を務め、長い間 三木派の代貸的存在であった。
47年の総裁公選を機に
「三木さんとは物の考え方が合わない」
ということで三木派を飛び出して福田派に加わった。三木と早川との間は気まずいものがあった。だが今度の三木おろしに当たっては、早川は福田派の中にあって むしろ三木擁護の立場になった。その意味では松野と同じことであった。そんな経緯から三木は早川の入閣を考慮したのである。
福田にとっては それは不満なことであった。三木おろしに背を向けている早川に対して福田派の中では
ー早川はまた三木派に逆戻りするのか。
という声もあがっていたのである。福田は早川を入閣させるよりも
「白浜仁吉を入閣させたい」
と要求した。

白浜はもともと園田派で、47年の公選の後、園田が率いて福田派に入ってきたのである。既に当選回数は十回を越えていて、いつの内閣改造の場合にも入閣候補にあげられながら外されてきている。そのような事情もある上に園田との義理も考えて、福田は白浜の入閣を推したのだ。三木は
「どうあっても早川君をとる」
といって承知しなかった。それでやむなく福田は、首相官邸に現れた早川を総理大臣室から外に連れ出して、狭い階段のところで
「君は入閣を遠慮してくれんか。白浜君を入れたいんだ」
と早川を説得した。早川は福田派に入ったものの、園田の音頭取りで三木おろしに狂奔する福田派の行き方には反感を抱いていた。それだけに早川は
「私は三木総理からいわれたので入閣する。もしあなたが白浜君を入閣させたいというなら、いっそあなたがお辞めになって代わりに白浜君を入閣させたらどうです」
といってのけた。予期しない早川の反撃に表情を変えたまま言葉もない福田に、早川はさらにいった。
「しかしあなたが辞めた後、経企庁長官に白浜君……あれには経企庁長官のポストなど務まりますまい」

そのような場面を重ねながら、ようやく三木内閣は改造を終わった。改造には二時間余を費やした。決まった閣僚の顔ぶれは

首相ー 三木武夫、副総理・経済企画庁長官ー 福田赳夫 (留任) 、法相ー 稲葉修 (留任) 、外相ー 小坂善太郎、蔵相ー 大平正芳 (留任) 、文相ー 永井道雄 (留任) 、厚相ー 早川崇、農相ー 大石武一、通産相ー 河本敏夫 (留任) 、運輸相ー 石田博英、郵政相ー 福田篤泰、労相ー 浦野幸男、建設相ー 中馬辰猪、自治相・国家公安委員長・北海道開発庁長官ー 天野公義、官房長官ー 井出一太郎 (留任) 、総務長官・沖縄開発庁長官ー 西村尚治、行政管理庁長官ー 荒船清十郎、防衛庁長官ー 坂田道太 (留任) 、科学技術庁長官ー 前田正男、環境庁長官ー 丸茂重貞、国土庁長官ー 天野光晴
副総裁ー 椎名悦三郎 (留任、椎名派) 、幹事長ー 内田常雄 (大平派) 、総務会長ー 松野頼三 (福田派) 、政調会長ー 桜内義雄 (中曽根派)

この改造内閣の中で目立つことは旧田中派・七日会は これまで竹下登建設相、金丸信国土庁長官、小沢辰男環境庁長官と枢要なポストを三つ占めていたのが、そのポストから全て外された。

ただ一人 前田正男が科学技術庁長官として入閣するにとどまった。党内最大派閥でありながら一ポストしかとれなかったことに対して、七日会会長の西村英一は
「わが派は謹慎中だからね。何もいわんよ。好きなようにされたがいい」
と たった一言いったきりであった。
入閣した前田も実をいえば田中が金脈政変で退陣した後、江崎真澄、田村元たちに次いで旧石井派から入ってきた新参であった。当選回数は十回で常に入閣候補に擬せられながらも、旧石井派という小派閥にいたために その機会を逸してきたのである。科学技術の専門家としては知られる存在であったので、田中派総体としては淡々と一ポストに甘んじ、前田をそのポストに送り込んだのである。
これに対して福田派、大平派は一応 ポストの数は満たされた。だが党内では
「福田も大平も、どうせ三木内閣は長くないと看てとって、お義理で二軍を供出した感じだな」
という批判の声があがったものである。
それに対して河本通産相を留任させ、さらに新たに運輸相に石田博英を加えた三木派は、いってみればエースを登場させた形であった。その中に三木の政権持続の意欲が十二分にあらわれていたのである。

ただ一人 前田正男が科学技術庁長官として入閣するにとどまった。党内最大派閥でありながら一ポストしかとれなかったことに対して、七日会会長の西村英一は
「わが派は謹慎中だからね。何もいわんよ。好きなようにされたがいい」
と たった一言いったきりであった。
入閣した前田も実をいえば田中が金脈政変で退陣した後、江崎真澄、田村元たちに次いで旧石井派から入ってきた新参であった。当選回数は十回で常に入閣候補に擬せられながらも、旧石井派という小派閥にいたために その機会を逸してきたのである。科学技術の専門家としては知られる存在であったので、田中派総体としては淡々と一ポストに甘んじ、前田をそのポストに送り込んだのである。
これに対して福田派、大平派は一応 ポストの数は満たされた。だが党内では
「福田も大平も、どうせ三木内閣は長くないと看てとって、お義理で二軍を供出した感じだな」
という批判の声があがったものである。
それに対して河本通産相を留任させ、さらに新たに運輸相に石田博英を加えた三木派は、いってみればエースを登場させた形であった。その中に三木の政権持続の意欲が十二分にあらわれていたのである。

それにしてもこの改造の後、また三木おろしの反動があった。それは大平派に属していた小坂善太郎外相が
「この入閣を機会に、私は正式に大平派宏池会を脱会する」
と宣言したことであった。
福田派でも松野頼三総務会長が福田派八日会を脱会した。松野は記者会見に臨んで こう言明した。
「僕は福田派を出ることにした。今後は自分独自の行き方をとりたい。福田派内部にも何人かの同志がいることだし、それらを連れて行動する」
松野はさっぱりした表情で会見の席を立ち去った。
（昭和51年9月15日、改造内閣成立）

臨時国会は9月16日に召集され会期は50日と決定したが、野党側では与党内の紛糾で勝手に今まで引っぱった経緯に反発し、容易に議事に入ろうとしなかった。
翌日、挙党協は「10月中の臨時党大会で三木退陣を実現する」との方針を確認した。
福田が「今月一杯は動かず来月 (10月) から動く」といったのは これを踏まえてのことであった。

幹事長に是が非でもなりたいのになかなかチャンスがめぐってこない人もいれば、偶然に近い形でそのポストが転がり込んでくることもある。内田常雄の場合は後者の典型だった。
昭和51年、ロッキード事件で田中角栄が逮捕された年、福田派、大平派、田中派など反主流派は「挙党体制確立協議会」 (挙党協) を旗揚げし、いわゆる “三木おろし” の嵐が吹き荒れた。三木派、中曽根派に対抗する反主流派は この年末の任期満了を控え、三木総裁では選挙を闘えない、という認識で一致していた。「椎名裁定」で登場した三木政権は暫定的なもので、ロッキード事件解明を大旆に掲げられて長期政権となられてはたまらない、ということなのだろう。主流派が解散をチラつかせるのに対し、反主流派はそうはさせじと、党大会に次ぐ意思決定機関である両院議員総会開催を要求、新体制の確立を目論んだ。数では反主流派が圧倒しており、議員総会を開けば執行部の苦戦は目に見えていた。

9月11日、中曽根幹事長は「14日に両院議員総会を開催、この席上、三木総裁は解散を考えないと表明する」など四項目の提案を行い、とりあえずの妥協を取りつける。

そして党役員改選となったのだが、ここでまた問題が起こる。松野幹事長、桜内総務会長、内田政調会長という人事案に反主流派の不満が噴出したのである。特に三木寄り、三木側近と目されていた福田派の松野の政調会長からの横滑り、あるいは昇格ともいうべき幹事長就任は許容範囲を超えていた。福田派では園田直、大平派では鈴木善幸が強く反対したようだった。すったもんだの末、執行部は反主流派の意向を受け入れ、顔ぶれはそのままに内田幹事長、松野総務会長、桜内政調会長という役職だけを回した人事を発表、決着となった。
こんな決まり方であったから就任直後の記者会見では、幹事長を逃した松野は終始苦虫を噛み潰したような顔。桜内は淡々。それに対して内田は たまげるやら嬉しいやらで「道を歩いていたら突然マンホールに落ちたような気分だ」と “率直な” 気持ちを表現したものだ。ところが内田はその後もこの「マンホール」を連発、記者の中には “マンホール幹事長” などと陰口を叩く者も出てきた。たまりかねた私は進言した。「いくらなんでも聞こえがよくありません。そろそろマンホールはやめた方がよいと思います」

49年12月、田中角栄内閣が倒れると 椎名副総裁の裁定で三木武夫さんが政権に就いた。51年9月、三木さんが朝早く私の自宅にやって来て「近く内閣を改造したいが 外相を引き受けてくれ」と言う。文字通り膝を交えて話しているうちに 私の脚をなでたりさすったりする三木さん得意の口説き方である。この直前、ソ連のミグ25戦闘機が函館空港に強行着陸する事件があり「宮沢喜一外相の後を継いで 何とか後始末をしてくれ」という話だった。ロッキード事件に端を発した「三木おろし」の嵐が吹きすさぶ中、私は14年ぶりに外相として外務省に戻った。
ミグ25の強行着陸事件で日ソ関係は緊張し、予定されていたイシコフ漁業相の来日も中止になった。外相就任からわずか十日後の9月25日、ニューヨークで始まった国連総会に出席し、この機会をとらえてソ連のグロムイコ外相との会談に臨んだ。国連のロビー外交は交互に相手を訪ねるのが原則で、この年は日本がソ連側を訪問する順番にあたっていた。

49年12月、田中角栄内閣が倒れると 椎名副総裁の裁定で三木武夫さんが政権に就いた。51年9月、三木さんが朝早く私の自宅にやって来て「近く内閣を改造したいが 外相を引き受けてくれ」と言う。文字通り膝を交えて話しているうちに 私の脚をなでたりさすったりする三木さん得意の口説き方である。この直前、ソ連のミグ25戦闘機が函館空港に強行着陸する事件があり「宮沢喜一外相の後を継いで 何とか後始末をしてくれ」という話だった。ロッキード事件に端を発した「三木おろし」の嵐が吹きすさぶ中、私は14年ぶりに外相として外務省に戻った。
ミグ25の強行着陸事件で日ソ関係は緊張し、予定されていたイシコフ漁業相の来日も中止になった。外相就任からわずか十日後の9月25日、ニューヨークで始まった国連総会に出席し、この機会をとらえてソ連のグロムイコ外相との会談に臨んだ。国連のロビー外交は交互に相手を訪ねるのが原則で、この年は日本がソ連側を訪問する順番にあたっていた。